キャッチアンドリリース,私の理屈

ようこそおこしくださいました!フミニイです!

幼い頃から釣りが好きでずっと様々な釣りをしてきました。

一度なんでこんなに釣りが好きなのか自己分析をしてみた事があります。

『自己分析って心理学者じゃあるまいし!』となるかも・・?

 

様々な方々と仕事や遊びを。

油断すると生まれ持った体力や忍耐力に物を言わせて独走していく悪いクセがあり。

ソレが必要な時は『頼れる』となるのですが。

時として親しい間柄の仲間から『自己中!』と注意される事もしばしば。笑

物事には一人の努力で成し遂げられる事もありますが、

基本様々な方々の支えを頂き、助け合いながら進んで到達に至る事がほとんどで、

そんな中で自己分析を繰り返しながら、

自分の事を客観的にジャッジしながら行動する習慣が根付き。ついでにゲーム感覚で己に問う事もよくやります。

学問とは程遠い自己の修正タイム。女性が鏡を見る感じです。笑

マァ、こんな流れで

『どうして僕はこんなに釣りがすきなんだろう?』と。

 

まずは

自然と触れ合える。

土を踏む。

人が歩く事を想定して人が整備していない、土を踏む。

 

空を見る。

空を見上げる、水辺に映る空も。

 

そしてもちろん魚。

水澄んでいれば魚が見える。

見えなくとも魚が巡りしブラックボックス。

ワクワクする。

 

そして魚との勝負です。

知恵比べ。

本来生きるために人間は魚を獲り、狩をする。森に入って食料を摘む。

知性の発達した人間は本来個々がそれぞれ習慣的に遂行していたこの作業を分担して、

魚は漁師さん、

肉は畜産家さん、

作物は農家さん、

領地争いは軍人さんに、

と分担しました。

 

が、ゆえに

人間は

『本来しなくてはいけない何かをしないで過ごしてる感』

感じている気がするのは私だけではないでしょう。

魚を釣った時の達成感。

仕事上の競争、

格闘技、

ボードゲーム、

コンピューターゲームに関わらず

相手を打ち負かす時の達成感はたまには体験しないと、

物足りない毎日になると考えるのは私だけでは無いはずです。

しかしながら我々は、とてもとても幸せで、少しだけ不幸なことに原始的戦いを免除されている。

そして真似事の様に、スポーツとして格闘し、領土争いをし、漁をする。

格闘で負けた方は首を跳ねられる事なく『次は負けないぞ!』と、リトライできる世界。

電源さえ切っておけば他軍に侵攻される事の無い、素晴らしい将軍の身分。(ゲーム)

資源に限りの有る魚を勝負で負かして、後は手厚く水に返す行動。

動物の習性として本来正当な攻撃習性を、知性的な人間モラルでコントロールした、素晴らしく自然な遊戯だと私はおもいます。

『キャッチアンドリリースなんて釣り人のエゴ』と

いうような事を良く耳にしますが。

魚にしたら手厚く帰して貰った方が何万倍も助かるに決まっています。笑

習性で有る攻撃性や狩猟欲などを釣りで緩和して

なるべく変な場面で出してしまわない様にコントロールするのに、

私の場合、釣りが素晴らしいクッションになっている様にも思えます。

私は魚が釣れた時

『ゴメンゴメン!ゴメンゴメン!』いつも言っている様で、

釣り動画を撮り始めて気づきました。

命を頂く時も、心を込めて頂く様に心掛けています。

 

沢山のペットを飼って、命を守ったり、ペットの鳥の体調に一喜一憂する反面、それより大きなニワトリをムシャムシャ頬張る、

矛盾した感性を否定される方に、何ら反論は致しませんが、笑。

感謝の気持ちさえ絶やさなければそんなに卑下しないで生きていっていいんじゃないか?とも思います。

他の人より魚をより多く釣る競争をする事と、

釣れた魚を時には美味しく頂き、

時には手厚く水にお帰り頂く行動をとる事をお許しください。

しかしながら、

私の場合許して貰ってもあまり達成できてませんけどぉー!笑

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